太陽が真上に昇ろうとしているのに、肌寒い昼。
恭子からキャベツをもらってくれないか、と連絡があったのがつい三十分前。

「親戚が畑持っててね。今年はとにかく大豊作だったらしくて、これ以上育つと不味くなるから、ってどんどん収穫しちゃったらしいの。」

FDのトランクから青々としたキャベツがわんさかと出てきたのはいいが・・・何だ、今日の彼女のはしゃぎっぷりは。

「ね、いくつ欲しい?」

好きなだけもらっていいよー。と、どんどん袋に詰め始めた。
どっかの気前の良い八百屋の店主みたいだな・・・。
テンションが高いとか、上機嫌で舞い上がっているとか、そんなもんじゃない。

これこそ・・・そう、『有頂天』ってやつだ。


「いや、四人家族だからそんなにいらない」
危うく一人三玉ずつ食べるハメになるのを瀬戸際で阻止しつつ、キャベツをゴロゴロとFDに戻す。

「何かいいことでもあった?」
「えっ」

意表を突かれたようにこちらを見る。
・・・まさか本気で気付かれていないと思っていたのではあるまいな。

そして、少しバツが悪そうにつぶやく。
「キャベツをね、渡しに行くの。啓介さんのところまで」













いや待て。





啓介にキャベツ・・・!?
似合わねぇ・・・っ!






じゃなくて!


今イチ事態が飲み込めないのだが・・・

「え…何、二人あれから連絡取り合ってるの」
「あの・・・、ピアス届けてくれたお礼したくて、携帯の番号おしえてもらったの」

ごめん、本当にお礼だけだから、と半分は自分自身に言い聞かせるようにつぶやくのを「謝ることないだろ」と言って笑ってみせる。

数ヶ月前に啓介との事で散々泣いて、落ち込んで、その相手をしてもらっただけに、またその二の舞になるようなことにはならないから、とでも言っているのだろう。

そんな・・・今から身構えてしまうこともないのに。

軽く話をしたあと、「またね。渉さん」と大きく短く手を振ると、FDに乗って豊作キャベツを配るべく去って行った。




―――あの日。

啓介が連絡先を聞いてきたとき、とっさに職場を教えたが…

「本当に行くなんてなぁ・・・」

その時、恭子の側に『いるだけ』の従兄弟の事を思い出したわけじゃない。
この「キャベツ親交」や「お礼」のことを延彦に伝えるべきかと考えてみるも、「現状維持」を決め込んでいるあいつは、教えたところで恐らく動かないだろう。

恭子から離れることを恐れ、同じくらい近づくことを拒絶する。

『それはシスコンと同じ感覚じゃねーか?』と言って、轢かれそうになった。
じゃあ何だ。
自分に振り向かせようともしないのに。
このまま恭子が誰かを好きになったり、別れたりするのをずっと側で見ているつもりだろうか。
どうも理解しがたい・・・・・・。


携帯のアドレス帳を開く。
「しかしこのこと啓介が知ったら怒るだろうなぁ。というか、怒ればまだましか」

かといって教えるのを職場にしたのは恭子の為だとか言うほど、危機感があっての事ではない。


ただ

「安易に近づくな」




とは・・・ちょっと・・・いや、かなり思っていたかも知れない。

前に好きだと告白してきた女に近づくということが、どういう事なのか分からないはずはない。





・・・・・・・・・・だろう、多分。



あの「間」は直接渡したい、という意思表示でよかったんだよな・・・?
予想以上の行動と、予想外の急展開。

お節介だと自覚しつつも、あの日啓介を『試した』。


どうも年下の女は妹の和美とだぶる。
恋愛対象には絶対ならないな、と自分の携帯に登録されている「恭子」という文字をながめていた。




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